2014年12月13日

第5回 医療法人かどおか歯科医院 院長 角岡秀昭氏

第5回目 医療法人 かどおか歯科医院 院長 角岡秀昭(かどおか・ひであき)氏にインタビューいたしました。

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角岡 秀昭(かどおか・ひであき)氏 
医療法人角岡歯科医院 院長。1956年福岡市生まれ。1982年福岡県立九州歯科大学卒業後、1986年熊本県八代郡竜北町にて開業。1993年熊本市南区馬渡で移転開業。趣味はゴルフ、英会話、心理学、料理と多彩。戦国オタクの会総大将。戦国武将に学ぶ医院経営をテーマに講演多数。FM熊本で「戦国武将に学べ」(毎週金曜日 77.4HZ 10:29〜10:34)のパーソナリティーとしても活躍中。


■ライフストーリー
― なぜ、歯科医になろうと思ったのですか?

高校2年のときに医療関係の仕事に進みたいと思い、夏休みから必死に勉強しました。医師を目指していましたが叶わず、2年の浪人の後、九州歯科大学に入学しました。今、考えてみると、おっちょこちょいの私は(笑)、自分の社交性を活かすことができる歯科医が適職だったのだとわかりました。


− 社会人になってから現在までのお話を聴かせてください。

大学を卒業して、天草市の歯科医院に勤めました。その後、1986年八代で開業し、1993年に現在地(熊本市南区馬渡)に移転しました。移転しても八代の患者さんが、今でも100名くらい治療に来てくださいます。ありがたいです。


私は決めたことは絶対やるようにしています。
人を巻き込むことは大変なことだからです。

歯科の経営で一番の難所はスタッフの育成です。
私は35歳から心理学を学び始めました。理由は自分を変えて、信念を持った自分をつくりたかったからです。しかし、3歳までに学んだことは基本的には変えられないということを知り、教育は最初が肝心だと思いました。

小さなことの継続が自分の成長に繋がります。

私も院内のトイレ掃除、早朝出勤、お給料日にはスタッフに手紙を書くことを23年続けています。最初に決めたことを、2年間も続けると辞める気がしなくなるんですよ。これが習慣化することだと思います。

経営者は孤独です。

私は異業種の交流を大事にしており、趣味もたくさんあります。英会話は28年間現在でも継続しています。早朝から歯科の専門書を和訳しています。また、経理の勉強も10年間続けています。スポーツはゴルフを楽しみ、最近凝っているのは料理です。休みの日の朝食は私が作っています。歴史に興味を持ったことをきっかけに、戦国オタクの会を主宰し、仲間たちとお城巡り、甲冑を着て“出陣”し、お酒を飲んで語り合います。
このような感じで、仕事以外でも忙しい毎日を送っています。人脈がたくさんできるので、仕事もプライベートも充実しています。


■角岡歯科の人材育成について
− 角岡歯科の人材育成の方法についてお聞かせいただけますか?

最初から優れた人材を得ることは難しいことです。
人材は育てなければなりません。
たまにはガツンと叱ることも必要です。
とくにベテランのスタッフにはガツンと言います。


角岡歯科の人材育成の特徴は、採用したら1人ひとり、必ず家庭訪問を実施します。一緒に働いていただくわけですから・・・。これは20年以上続けています。

また、仕事の通知表として、1年に2回のボーナスの査定のためにも、360度評価(※)を実施し、歯科の技術だけでなく、組織への貢献度、メンバーからの信頼度も見るようにしています。

※360度評価とは
ある人物に対し、あらゆる角度(上司、同僚、部下など)から評価すること。人事考課における評価方法の1つ。

■スタッフを育てるときに心がけていることは
― スタッフを育てるときに心がけていることは何ですか?


経営者は我慢の連続です。

スタッフはみんな素晴らしいスキルを持っています。
たとえば、指示したことをよく聴かず、すぐに早とちりして理解してしまうスタッフに対しては、決して怒らず、自分の言ったことを復唱させるようにしています。3ヶ月間これを続ければ、間違えないようになります。人間は変わることができるんです。そのためには、まず感情で怒らないことです。

遅刻をしたスタッフにも「どうすると?」(笑顔で)と訊くと、自分で考えて反省します。つまり、自分がしたことには、自分で落とし前をつけさせるということです。


私は自分が悪いときは謝ります。

スタッフを叱るときもその人を嫌いで怒っている訳ではありません。
しかし、感情と事実を聞き分けられない人が多いと思います。
後で自分のために叱ってくれたことに気付くようですね(苦笑)



■角岡院長の夢は
― 院長の夢は何ですか?


私の夢は、人を育てることです。

「これから、何人のしっかりした社会人を育てられるか」ですね。
育てるのは楽しいです。
辛いこともありますが楽しい!
とくに、角岡歯科を卒業したスタッフが顔を見せに来てくれることは一番嬉しいですね。

また、私の人生の夢は日本中に顎関節症専門医の後継者を育成することです。
プライベートでは、料理の腕をさらに磨きます!(自宅にささやかな厨房を作る予定です)


■インタビューを終えて

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角岡院長に初めてお目にかかったのは、10年以上前の熊本の税理士事務所主催の接遇セミナーでした。スタッフと一緒に一番前の席で受講なさる院長は当時珍しく、今でも印象に残っています。その後、受付の新入職員を採用なさるたびに、スタッフ教育の一部のお手伝いをしております。

角岡院長は自ら学ぶことでお手本を示し、歯科の技術の研鑽はもちろんのこと、「人としてどうあるか」、「仕事を通してどう成長するか」ということに重点を置き、人材育成に熱心に取り組んでいらっしゃいます。

長いお付き合いをさせていただくなかで、角岡院長の好奇心旺盛、かつ一つのことを徹底的に追及なさる姿勢にはいつも頭が下がります。


とくに戦国武将について、お城巡りをして徹底的に調べ、ラジオの番組を持つほど知識も深く、戦国武将の逸話や名言・格言から現代の経営者に対する提言を行う講演は、ユーモアもあり、各地で好評です。

また、東日本大震災の後、角岡院長は自ら被災地に入り、歯型などからご遺体の身元を調べるボランティアの経験をなさいました。このように普段から「人の役に立ちたい」という思いが強いので、患者さんからの信頼も厚いのだと思います。

インタビューのお願いをしたところ、本当に忙しいにもかかわらず、快くお時間をつくってくださいました。感謝しております。

私も角岡院長のように仕事はもちろんプロフェショナル、それだけでなく、自分が楽しみ、人を楽しませ、人生を味わい尽くしたいと思います。

ありがとうございました。

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2014年11月26日
白梅英子
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2014年09月30日

第4回 ホテルニューオータニ博多 マネージメントサービス部 広報課長兼秘書 大谷綾子氏

第4回目はホテルニューオータニ博多 マネージメントサービス部 広報課長兼秘書 
大谷綾子(おおたに・あやこ)氏にインタビューいたしました。

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大谷綾子氏(おおたに・あやこ) 
ホテルニューオータニ博多 マネージメントサービス部 広報課長兼秘書。佐賀県唐津市出身。1981年入社後、ホテルウーマンとして勤続32年。レストランサービススタッフとして2年、電話交換手として19年、マネージメントサービス部 広報課長兼社長秘書として11年勤務。趣味は仕事、読書。トライアスロンに挑戦中。

■ライフストーリー
― なぜ、大谷さんはホテルに就職しようと思ったのですか?

人に接することはもともと好きでした。
修学旅行のときのバスガイドに憧れ、たまたま、テレビで電話交換手の特集を見て、「声だけで人に素晴らしいサービスを提供できるって素晴らしい」と感じ、電話交換手にもなりたいと思っていました。そんなときに、学校にホテルの求人が2件来たので、オープン4年目の新しいホテルの方を選びました。それが現在の職場、ホテルニューオータニ博多です。

− 社会人になってから現在までのお話を聴かせてください。

最初に配属されたのはレストランでした。レストランでは笑顔と気配りを常に心がけていました。仕事をするうえで楽しかったのですが、私は電話交換手になりたかった!でも、電話交換手に憧れてホテルに就職する人ってあまりいないと思いませんか?(笑)

3年目に念願の電話交換室に異動しました。当時は、10名以上交換手がおり、24時間電話対応をしなくてはいけないので4交代勤務でした。自分が行きたいと希望した部署でしたが、21歳の私にとっては苦労の連続でした。

まず、聞いたことがない会社名を一度で聞き取ることは大変でした。もちろん、外国人のお客様対応もしなくてはいけませんので、英語力は必要でした。レストラン勤務と違い、見えない相手と対応する電話交換手の仕事には、幅広い知識が必要でした。自分が知らないことが多いことを思い知らされ、打ちのめされた気分でした。同僚と比べられることは嫌でしたし、負けず嫌いでしたので、このときに新聞も読むようになり、言葉遣いも必死に勉強しました。

− 19年間の電話交換室勤務のときに結婚、出産を経験されたのですよね。不規則な勤務をどのようにして乗り越えられたのですか?

私は24歳で結婚。25歳で長女、27歳で次女を出産しました。まだ、育児休業制度がないころでしたので、出産後3か月の産後休暇をとって復帰しました。4交代勤務は無理なので、会社が配置転換してくれるかもしれないと思いましたが、ちょうどその当時の主任が倒れ、交換手が不足していたので、異動はありませんでした。どうしようかと思っていると先輩が夜の勤務を変わってくださり、日勤で交換手に復帰することができました。二人目を出産した後も、先輩が結婚退職となり、復帰と同時に主任になりました。主任は日勤だけでしたので、乗り切ることができました。本当に周りの人に恵まれていたと思います。土日勤務もありましたが、生後1ヶ月から職場の近くの無認可保育園に預け、そちらは融通が利いて助かりました。


入社して32年間、自分が病気で仕事を休んだことは一度もありません。
でも、子供の具合が悪いときは休ませてもらいました。


電話交換手は女性ばかりでしたので、主任と言うと母親のような存在でした。だから、自分がみんなのモチベーションをあげなくてはいけないと思っていました。大変なことも多いですが、ホテル業はその楽しみを知ったらやめられない仕事だと思います。そのレベルに到達できるか・・・。不規則勤務、お給料も安いので、そうなる前に辞めてしまう人も多いのです。

子供が小さいうちは自己実現より子育て中心でした。

子供が小さいうちは英会話、秘書検定、電話応対コンクールの出場するための勉強などを寝静まってからやりました。家に帰ったら子供と一緒に過ごし、自己投資と思ってよく勉強しましたよ。世代が違うからかもしれませんが(笑)、自己実現よりまずは子育て中心でした。


− その後、現在の部署である秘書と広報の仕事に異動なさいますが、希望を出されたのですか?

抜擢です!(笑)
希望は出していませんでしたが、秘書検定を、産休、育児中に取得しましたので・・・。でも意外と、狙っていたかもしれません(苦笑)
2005年に異動しました。広報課長としては、自分がやりたいイベントを企画して実施しています。現在は自分の32年間のネットワークを生かして、やりたいことができるので満足しています。イベントでは突っ走る私ですが、秘書の仕事が自分の身を引き締めてくれて、どちらもあるからいいんです!


■部下を育てるときに心がけていることは
― 貴社の人材育成について、少し具体的に聴かせていただけますか?

ホテルの仕事は重労働、低賃金だと言われます。せっかく入社しても1〜2年、長くて3〜4年でこのままでいいのかと思い辞めていく人も多い業界です。私は人が潤ってはじめて、ホテルの仕事は成り立つと思います。

人を育てるときに大事なことは、まずは上司が楽しく仕事をしている姿を、部下に見せることだと思います。上司や先輩が楽しく生き生きとしていれば、部下もこの仕事を楽しむことができるような気がします。マネジメントに関しても、若いときから会議に参加させたりして、巻き込むことだと思います。

― 大谷さんが部下を育てるときに心がけていることは何ですか?

感情のまま叱ったりしないことです。

「大谷さんがいてくれてよかった」「大谷さんが上司でよかった」と自分の存在がその人に役に立つような育て方をしたいと思っています。役職定年まで3年、定年まであと8年。どれだけやれるかですね。


■ホテルに就職を希望する若者に一言
― フロントやブライダル業務など、ホテルの仕事に憧れる若者も多いと思いますが、
いかがでしょうか?


私の長女も東京のホテルに3年務めて、出産のために辞めて、福岡に戻ってきました。その娘が「お母さんに騙された。お母さんは『仕事がつらい、きつい』とは一言も言っていなかったので、まさかこんなにホテルの仕事がきついとは思わなかった」と言っています。

確かに見た目の華やかさとは全く違う仕事です。肉体労働も多く、きつく、辛い仕事かもしれませんが、それでも楽しく仕事をしている人たちはたくさんいます。そうなるためには「自分はこうなりたい」と強く思うことです。つまり、自分のモチベーションを保つことが大切だと思います。そのためにも、職場で生き生きと仕事をしている人を見つけてください。


■大谷さんの夢は
― 大谷さんの夢は何ですか?

とにかく自分がやりたいと思うことをやり続けることです。
死ぬまでがんばっている自分でいたい!

読書、身体を鍛えることなどたくさんやりたいことはありますが、

「なれる最高の自分になる」

これが私の夢であり、目標です。


■インタビューを終えて

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以前、大谷さんを紹介してくれた友人が「大谷さんみたいな先輩がいるから、私も仕事をがんばろうと思うんです」と言っていました。お会いするとまったくその言葉どおりでした。気さくでいつも元気、パワフル。反面、困っている人がいたらすぐに気づき、声をかけるような細やかで優しい心の持ち主です。

「仕事は楽しんでやるもの」と口で言うのは簡単ですが、これを体現しているのが大谷さんです。また、努力家で仕事以外のマラソン、水泳などのスポーツにも常に一生懸命にチャレンジしている姿を拝見すると、私も刺激を受けてモチベーションが上がります。

今回は一つの組織の中で働き続ける女性のロールモデルとして、いろいろなお話を聴かせていただきました。

・今、環境も制度も整備され、女性の活躍が期待されているのはいいけど、
期待値も高くなるから大変だと思う
・自己実現するためには、ある程度我慢も必要
・『なれる最高の自分になる』これが私の目標


これらの言葉はとくに印象に残り、共感しました。

イベントをいくつも抱え、お忙しいときにも関わらず、快く時間をつくってくださった大谷さん。
可愛い孫のゆずちゃんがいるから、ますますパワーアップする大谷さん。
淡々と語ってくださいましたが、経験に裏付けられた言葉は重たく、説得力がありました。私のちょっと前を走りながら、穴があったら「気をつけて、白梅ちゃん!」と教えてくれる貴重な存在です。

ありがとうございました。

2014年9月10日
白梅英子

posted by 白梅英子 at 15:23| Comment(0) | 日記

2014年07月31日

第3回 LIFE・DESIGN株式会社 代表取締役 勝矢圭一氏

第3回目はLIFE・DESIGN株式会社 代表取締役 勝矢圭一(かつや・けいいち)氏に
インタビューいたしました。

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“介護とは、生活をデザインすることである”
勝矢圭一



勝矢圭一 氏(かつや・けいいち) 
LIFE・DESIGN株式会社 代表取締役。長崎県雲仙市国見町出身 40歳。大東文化大経済学部経済学科卒業後、九州福祉衛生専門学校卒業と同時に社会福祉士資格取得。社会福祉法人長崎厚生福祉団、株式会社メディカルネットワークを経て、独立。2011年7月ショートステイ王樹(えんじゅ)開設。2012年4月、小規模多機能型居宅介護事業(現在、複合型サービスへ移行)、2014年2月、住宅型有料老人ホーム並びに訪問看護ステーション開設。高齢者の介護現場に約17年携わる。長崎県内外の介護事業のコンサルティングやケアマネジャーをはじめ介護従事者対象の研修の講師をしている。


■ライフストーリー

― 勝矢さんと言えば陸上ですが、幼い頃から陸上一筋ですか?

中学時代はテニスをしていました。
陸上は友人のすすめで高校から始めました。
長崎県大会800m競技で優勝することができ、
当時、箱根駅伝で2連覇していた大東文化大から声をかけていただきました。


− 陸上選手から社会福祉士への転身。きっかけを教えてください。

大学時代、選手としては故障が続きました。
いよいよ3年生になり、就職を考え始めたときに
父親が「『社会福祉士』という資格ができたらしいぞ」と言っていたのを聞いて
介護の世界に興味を持ちました。
当時、1年間で資格取得できる専門学校が3校(東京、大分、広島)と少なかったので、
地元(長崎県)に近い大分の学校を選びました。

卒業後は、福岡の会員制スポーツジムのインストラクタの仕事も内定していましたが、
『介護(福祉)は今からの仕事、このタイミングを逃してはいけないのではないか』という
漠然とした直感が働き、内定を辞退し、介護の仕事に就くために地元へ戻りました。
仕事を決めて帰った訳ではなかったため、実家(コンビニエンスストア)の手伝いしていたところ、
実家のお客様で老人保健施設の生活相談員の方から声を掛けていただき、
その施設の理学療法士の助手のアルバイトをすることになりました。

そして、その方の紹介で長崎市の社会福祉法人長崎厚生福祉団に仕事が決まりました。
こちらでは、社会福祉士として在宅介護支援センター業務に従事しながら、
デイサービス、グループホーム(厚労省のモデル事業)の立ち上げを行う機会をいただきました。

2000年 介護保険制度がスタート。
2001年 株式会社メディカルネットワークに転職し、  
     独立行政法人国立病院機構長崎病院の地域連携室を立ち上げました。
2006年 長崎県西彼杵郡長与町地域包括センターへ出向。
2009年 長崎県介護支援専門員資質向上事業研修(総時間数1年間で475時間)を受託し、
     講師として大勢のケアマネジャーの教育に携わりました。

2010年5月、いつもお世話になっている方と居酒屋で話をしていたときに、
良い土地があるということで、見に行くことになり、
勢いだけで介護施設を建てる話を決めてしまいました(笑)。
起業の知識と経験がなかったことが幸いしたのだと思います。

銀行からの融資も、前年のケアマネ研修の受講生128名が、
その事業の必要性と協力することに対して賛同することを署名することで後押ししてくれました。
たくさんの方のお陰で、2011年7月26日ショートステイ王樹をオープンすることができました。


■LIFE・DESIGN株式会社の人材育成について

− 貴社のクレド(信条)は短くて、大変分かり易いですね。
人を育てるために取り組んでいることについて、詳しく教えていただけますか?

−クレド−
●笑顔の環
あなたの笑顔は笑顔の連鎖を生みます。どんなときも笑顔から始めれば、きっとうまくいく。「毎日笑ってもらいたい」そう願うと、自然と笑顔になれます。

●完璧より感動
わたくしたちが提供するのは介護ひとつひとつのサービスだけではありません。その行動によって、ご利用者の皆様に感動をお届けすることです。

●挑戦と探求
失敗はチャレンジの証。「できない」と諦めてしまうとすべてが止まってしまいます。でも「できる方法」を考え、挑戦し続ければ、必ず変化や満足は生まれます。

●感謝こそ財産
「ありがとう」の言葉は、とても強い力をもっています。ご利用者からの感謝は、明日の活力に。仲間からの賛辞は自信に。感謝とはあなたを伸ばす成長財産です。


詳しくはこちらをご覧ください。中身を読むことができます。

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現在、職員が58名です。
介護の仕事を生業にしていた利用者は、今のところ殆どいません。
つまり、介護のことだけ知っていても、本当の介護はできません。
私どもは、人として幅をもたせるような社内研修を実施しています。

− 介護業界では研修も実施せず、すぐに現場に出したり、
研修があったとしても1日、もしくは数時間というところが多いと思いますが・・・。

はい。当社では新入社員研修を5日間行います。
入社時期がまちまちなので、年に3回実施して必ず受講するように組んでいます。
これでも充分とは言い切れませんが、カリキュラムは次のとおりです。

1日目 理念、クレドについて
2日目 就業規則、高齢社会の現状等
3日目 個別ケアとは
4日目 介護現場で必要な医療知識とスキル
5日目 リハビリテーションについて

1日目は私が行いますが、他は各部署の責任者が行います。
この他に、心の教養を高めるための
課題図書「日本のこころの教育/境野勝悟著 致知出版」を読んで感想を書かせています。

研修に関しては、社内研修のほかに外部研修も受講させて、他事業者や異業種の方と学ぶ機会をつくります。外部研修では、業務命令で受講する研修と自分が見つけてきた研修の2種類に大別し、
それらの研修について、受講料負担の在り方と勤務時間内での受講か否かなど、
マトリックスを作成し、会社としての研修に対する支援等の体系を組み立てています。

また、半期に一度評価を行うために、クレドに基づいて目標を立て、スタッフの自己評価と上長評価を行い、面談を実施しています。

介護とは「こういうものだ」と決めつけるのではなく、
高齢者の生活を改善するために、活性化させるために存在するものです。

常に新鮮な情報を取り入れ、挑戦し続け、何にでも興味を持つことができる人材を育てたいと思っています。


■部下を育てるときに心がけていることは

― 勝矢さんが部下を育てるときに心がけていることは何ですか。

技術の向上より人間力の向上です。
介護は人がすべてなので、
介護職人である前に“人としてどうか”ということが問われると思います。


王樹を卒業して、他の事業所へ行ってもいいと思うんです。
自分のところだけではなく、介護の業界全体がレベルアップして欲しいと願っています。
リーダーは全体の把握はしますが、細かいところは信頼して任せきることが大切だと思います。


■若者たちへ一言

― 介護職を目指す若者たちへ一言お願いします。

私も若者です(笑)

介護職はきつい、きたない、給料安い仕事だと言われます。
しかし、きつくない仕事ってありますか?

「介護は生活をデザインするものだ」と私は思います。
介護の「介」は「媒介」の「介」です。
つまり、介護の仕事とは高齢者が望む生活が実現するよう、我々が媒介すること。
言い方を変えると、今の生活を改善することが介護です。


また、専門バカになったらいけません。
ジャンルに固執せず、とにかくいろいろなものに興味を持って欲しいと思います。


■勝矢さんの夢は

― 勝矢さんの夢は何ですか?

私の夢は長与町の町長になることです。
子供の教育から変えなければ介護は変わらないと思います。


今、私は中学校のPTA会長をしています。
子供たちを見ていると、いろいろなことを感じます。

たとえば、大人が家で仕事の愚痴ばかり言っていたら、
子供たちは大人になりたいと思いますか?
自然と仕事って苦痛なモノと刷り込まれると思うんです。
そうなると、仕事はもとより日本の将来を危惧せずにはいられません。

私は子供たちと徹底的に遊び、
本物を見せるために、遠方へも連れて行きます。
多少の無茶もします(笑)。

最近声高に言われる、地域包括ケアを簡単に言うと
「地域全体で高齢者を見ましょう」という仕組みのことです。
しかし、最近は、子供会や自治会に入っていない人も結構多いんです。
地域のことに無関心な人が多い状況で、
高齢者を地域で協力して見ることなんてできないでしょう。

そのためにも、私どもの事業所でも職員が地元の消防団に入るなど、
できることで、地域に貢献をしたいと思っています。
それが、日本を担う子供たちの未来につながることだと思うからです。


■インタビューを終えて

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勝矢さんとは共通の友人に紹介いただいたことがきっかけで、
ショートステイ王樹のオープニング研修や新入職員研修等でお世話になっています。

今回のインタビュー中に何度も耳にした言葉は、

「私は人に恵まれています」

人生の岐路を迎えた時に、助けてくれたのは彼の周りの人たちでした。
彼の周りに人が集まるのは、
ただ夢を語るだけのリーダーではなく
有言実行型のリーダーだからだと私は思います。

高齢者の介護の現場に約17年携わった実績を持ち、
見た目は二枚目ですが、
真面目な顔でとんでもなく面白いことを思いつく(笑)
人間的魅力があるから応援したくなるのだと思います。

今回のインタビューは、来月実施するイベントの話や好きな時計の話(笑)など、
予想通りいろいろな方向に脱線してしまいましたが、
初めてお聞きする話も多く、とても興味深く聴かせていただきました。

3人の子供の父親でもあり、
仕事以外のときは、子供の行事、スポーツ、地域活動に一緒に参加して
「いったいいつ休むの?」と思います。
「動きが止まったら、死んでしまうかもしれない」と自分でもおっしゃるように、
子供のような好奇心とクイックアクションで
介護業界をはじめ、日本の明るい未来を築くリーダーとして
大活躍なさることでしょう。

ご協力いただき、ありがとうございました!

2014.7.24. 白梅英子




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